漢文句法

⑥否定・禁止(二重否定)

漢字 読み
無非 ―ニあらザル(ハ) ―でないものは無い(全て―である)
無不 ―ざル(ハ) しないものは無い(全て―する)
無所不 ―ざルところ しないものは無い(全てを―する)
無―不… ―トシテ…ざル(ハ) …しない―は無い (どんな―でも…する)
非無 キニあら ―が無いのではない(―はある)
非不 ―ざルニあら ―ないのではない(―である)
不為不 ―ずトサず ―ないとはしない(―である)
不可不 ―ざルべカラず ・―しないではいられない
・―しなければならない(必ず―する・すべきだ)
不得不 ―ざルヲ
不能不 ―ざルあたハず
未嘗不 いまかつテ―ずンバアラず 今まで―しなかった事は無い(今まで必ず―した)
不敢不 ヘテ―ずンバアラず ―しないではいられない(必ず―する)
不必不 かならズシモ―ずンバアラず 必ずしも―ないのではない(―することはある)

※以下、原文中の は置き字
普天之下、莫非王土、率土之濱、莫非王臣。《孟子》
普天の下、王土に非ざるは莫く、率土の濱、王臣に非ざるは莫し
この広大な空の下、王の領地でない所は無く、世界の果てまで、王の臣下でない者はいない
孟子曰、「莫非命也。《孟子》
孟子曰はく、「命に非ざるは莫きなり
孟子が言うには、「何事も、天命でないものは無い……。
尺地莫非其有也。一民莫非其臣也。《孟子》
尺地も其の有に非ざるは莫きなり。一民も其の臣に非ざるは莫きなり
(紂王がどれほど勢力を持っていたかというと、)わずかな土地もその人の所有でない所はなかった。民のただ一人もその人の臣下でない者はいなかった
「立我烝民、莫匪爾極。《十八史略・鼓腹撃壌》
我が烝民を立つるは、爾の極に匪ざるは莫し
「我々民衆に生計を立てさせてくれるのは、天子の徳のおかげでないものは無い
「吾矛之利、於物無不陥也。」《韓非子・矛盾》
「吾が矛の利きこと、物に於て陥さざる無きなり。」と。
「私の矛が鋭いことといったら、どんな物でも貫かない物は無い。」と。
物数、推無不。《十八史略》
物数に精しく、推して中らざる無し
張載は万物の道理に通じており、何かを推測して的中しなかったことが無い
伺上動静、無不知之。《十八史略》
上の動静を伺ひ、之を知らざる無し
李林甫は皇帝の言動や意向を探り、これを知らないことが無かった
孟子曰、「知者無不知也。…仁者無不愛也。《孟子》
孟子曰はく、「知者は知らざる無きなり。仁者は愛せざる無きなり
孟子が言うには、知者は知らないことが無い。仁者は愛さないことが無い
、水。《孟子》
善ならざる有る無く、水下らざる有る無し
人は善でない者は無く、水は下に流れないことは無い
「君所以得幸帝、天下莫不。《史記》
君の帝に幸せらるるを得る所以、天下聞かざる莫し
「あなたが皇帝に寵愛されていることは、世間で聞いたことが無い者はいない
「孰能与之。」対曰、「天下莫不与也。《孟子》
「孰か能く之に与せん。」と。対へて曰はく、「天下与せざる莫きなり
襄王が尋ねるには「誰が味方してくれるだろうか。」と。孟子が答えて言うには、「世の中で味方しない者はいません
温恭之容溢外、莫不感其徳。《十八史略》
温恭の容外に溢れ、其の徳に感ぜざる莫し
楚材は、穏やかで慎みある様子が外見に表れていて、その徳に感服しない者は無かった
権以示群下。莫不色。《十八史略》
権以て群下に示す。色を失はざる莫し
孫権は、(曹操からの宣戦通告)を臣下たちに見せた。臣下たちは、顔色を失わない者は無かった
君仁莫不、君義莫不、《孟子》
君仁なれば仁ならざる莫く、君義なれば義ならざる莫く
民衆というものは、君主が仁であれば仁でない者は無く、君主が義であれば義でない者は無く
部兵死。《十八史略》
部兵敢へて死を尽くさざる莫し
部下の兵隊たちは、死力を尽くさない者は無かった
百官有司。《孟子》
百官有司敢へて哀しまざる莫し
全ての役人で、悲しまない者は無かった
百氏之書、無所不《蘇轍・上枢密韓太尉書》
百氏の書、読まざる所無しと雖も
多くの人々の書物を、私は読まない物は無かったけれども
張載字子厚、初無所不。《十八史略》
張載字は子厚、初め学ばざる所無し
張載は字を子厚といい、初めは様々な学問について学ばないことが無かった
孟子曰、「於不可已已者、無所不。《大学》
孟子曰はく、「已むべからざるに於いて已むる者は、已めざる所無し
孟子が言うには、「途中でやめてはいけないことをやめる者は、何をやっても途中で投げ出さないことが無い
小人閒居為不善、無所不。《孟子》
小人閒居して不善を為し、至らざる所無し
つまらない平凡な人物は、ひとりでいるとよくない事をして、あらゆるよくないことをしでかす
偶有名酒、。《陶潜・飲酒序》
偶名酒有り、夕として飲まざるは無し
たまたま名酒がある時には、飲まない晩は無い
苟得其養、、苟失其養、。《孟子》
苟くも其の養を得れば、物として長ぜざる無く、苟くも其の養ひを失はば、物として消ぜざる無し
仮にもしっかり養うことをするならば、成長しない物は無く、逆に養うことをしないならば、消え失せない物は無い
讎、。《詩経》
言として讎へざる無く、徳として報いざる無し
返事の返ってこない言葉は無いし(誰かに言葉をかければ必ず返事は返ってくるし)、報われない徳は無い
貴、官、賞、、《荀子》
徳として貴ばざる無く、能として官せざる無く、功として賞せざる無く、罪として罰せざる無く
ばない徳は無く、官職を与えない才能は無く、恩賞を与えない功績は無く、罰しない罪は無く
天下非無信士也。《淮南子》
天下信士無きに非ざるなり
この世の中に、誠実な人物がいないのではない
悪寒也。《韓非子・侵官之害》
寒きを悪まざるに非ざるなり
寒いことを嫌わないのではない
汝輩非不能戦。《十八史略》
汝が輩戦ふこと能はざるに非ず
お前たちは戦うことができないのではない
故王之不王、不為也。非不能也。《孟子》
故に王の王たらざるは、為さざるなり。能はざるに非ざるなり
だから王がまだ理想の王者でないというのは、努力しないからである。できないのではない。《孟子》
非不。《孟子》
足らざるに非ず
土地が足りないのではない
万取千、千取百不為不。《孟子》
万に千を取り、千に百を取る。多からずと為さず
万乗の大国で、千乗分の領地をもらい、千乗の国で、百乗分の領地をもらうのは、多くないとは言えない
子曰、「父母之年、不可不知也。《論語》
子曰はく、「父母の年は、知らざるべからざるなり
孔子先生が言うには、「父母の年は、知っていなければならない
夫人不可不自勉。《後漢書・梁上君子》
夫れ人は自ら勉めざるべからず
そもそも人間は、自分で努力しなければならない
謂沛公曰、「旦日不可不蚤自来謝。」《史記・鴻門之会》
沛公に謂ひて曰はく、「旦日蚤く自ら来たりて謝せざるべからず。」と。
項伯が沛公に説いて言うには、 「(あなたが項羽の怒りを解くには、)明朝、早くに自分で訪問して謝罪しなければならない。」と。
不可不。《十八史略》
往かざるべからず
(自らの力を示すためには)天子である私が行かなければならない
不可不慎也。《論語》
言は慎まざるべからざるなり
言葉は慎重でなければならない。
陰謀作乱。不可不。《十八史略》
陰かに乱を作さんと謀る。誅せざるべからず
李輔国はひそかに反乱を起こそうと計画している。罪を咎めて殺さなければならない
無度量分界、則不能不。《荀子》
求めて度量分界無ければ、則争はざる能はず
欲望を満たそうとして、人々の間に基準や自制心が無ければ、争わずにはいられない
向之所欣、俛仰之間以為陳迹、猶不能不以之與懐。《王義之・蘭亭集序》
向の欣ぶ所、俛仰の間に以て陳迹と為るも、猶之を以て懐ひを與さざる能はず
以前喜んでいた物事が、わずかな間に古びてしまうが、それでもやはり、感慨を覚えずにはいられない。…。
毎奏一篇、高帝未嘗不称善。《史記》
一篇を奏する毎に、高帝未だ嘗て善と称せずんばあらず
一まとまりの文章を奏上するたびに、高帝はこれまで称賛しなかったことは無い
過其閭、未嘗不軾也。《史記》
其の閭を過ぐるや、未だ嘗て軾せずんばあらざるなり
段干木の家の前を通り過ぎる時には、文侯は今まで車上から礼をしないことがなかった
未嘗不汗沾衣也。《十八史略》
未だ嘗て汗衣を沾さずんばあらざるなり
(皇帝に報告する時は、緊張のあまり)汗が衣服を濡らさなかったことが無い
「君子至於斯也、吾未嘗不得見也。」《論語》
「君子の斯に至るや、吾未だ嘗て見ゆるを得ずんばあらざるなり。」と。
(役人が言うには)「君子がこの地にやって来た時には、私は今まで会うことができなかったことは無い。」と。
是故秦戦未嘗不、攻未嘗不、所当未嘗不。《韓非子》
是の故に秦戦へば未だ嘗て剋たずんばあらず、攻むれば未だ嘗て取らずんばあらず、当る所未だ嘗て破らずんばあらず
こういうわけで、秦国は戦って今まで勝たなかったことは無く、攻めれば今まで奪わなかったことは無く、立ち向かって今まで撃破しなかったことは無い
以吾従大夫之後、不敢不告也。《論語》
吾大夫の後に従ふを以て、敢へて告げずんばあらざるなり
私は大夫の末席に連なっている以上、わが主君に進言しないではいられない
吏恐、不敢不。《史記》
吏恐れ、敢へて徙さずんばあらず
役人たちは郭解を恐れていたので、郭解を移住させずにはいられなかった
予畏上帝、不敢不。《史記》
予上帝を畏れ、敢へて正さずんばあらず
私は天帝の怒りを恐れるがゆえに、夏王朝の罪を正さずにはいられない
「臣為陛下択人。不敢不。《十八史略》
「臣陛下の為に人を択ぶ。敢へて慎まずんばあらず
「私は陛下のために良い人材を選んでいるのです。だから選ぶ際には、慎重にならずにはいられない
「王問臣。臣不敢不以正対。《孟子》
「王臣に問ふ。臣敢へて正を以て対へずんばあらず
「王は私に質問なされた。ならば私は正しい道理を用いてお答えせずにはいられない
是故、弟子不必不如師、《韓愈・師説》
是の故に、弟子は必ずしも師に如かずんばあらず
こういうわけで、弟子は必ずしも師に及ばないわけではなく
未必不乱也。《韓非子》
未だ必ずしも乱れずんばあらず
(子は父母の愛情を受けて育っても)乱れて成長してしまうことがある
伐大未必不有疏。《韓非子》
大を伐ちて未だ必ずしも疏有らずんばあらず
(小国が同盟を組んで)大国を攻め破っても、仲間割れをすることがある