漢文句法
②再読文字
| 漢字 | 読み | 訳 |
|---|---|---|
| 未 | 未ダ―ず | まだ―ない |
| 将 | 将ニ―ントす | (今にも)―しようとする |
| 当・応 | 当ニ―べシ | ・当然―すべきだ ・きっと―だろう |
| 須 | 須ラク―べシ | ぜひ―しなければならない |
| 宜 | 宜シク―べシ | ―するのがよい |
| 盍 | 盍ゾ―ざル | どうして―しないのか(いやすればよい・すべきだ) |
| 猶・由 |
猶ホ―ノ(ガ)ごとシ ・名詞+ノ ・連体形+ガ |
ちょうど―のようだ・―と同じだ |
※以下、原文中の は置き字
〔未〕
養在深閨人未識。《白居易・長恨歌》
養はれて深閨に在り、人未だ識らず。
(その女性は)家の奥深くで大切に育てられ、世間の人々はまだ知らない。
孤燈挑尽未成眠。《白居易・長恨歌》
孤燈挑げ尽くして未だ眠りを成さず。
(物思いに耽っていると)灯火を燃やし尽くしても、まだ眠ることが出来ない。
身七十余戦、未嘗敗北。《史記・垓下の戦》
身づから七十余戦し、未だ嘗て敗北せず。
自ら七十回あまり戦い、まだこれまで負けたことが無い。
未聞好学者也。《論語》
未だ学を好む者を聞かざるなり。
まだ学問を好む者を聞いたことが無いのである。
〔将・且〕
河東薜存義将行《柳宗元・送薛存義序》
河東の薜存義将に行かんとす。
河東の薜存義が旅立とうとしている。
将限其食。《列子・朝三暮四》
将に其の食を限らんとす。
その食料を制限しようとする。
西伯将出猟、卜之。《史記・太公望》
西伯将に出でて猟せんとし、之を卜す。
西伯は出かけて狩りをしようとして、これを占った。
今人乍見孺子将入於井、皆有怵惕惻隠乃心。《孟子・四端》
今人乍ち孺子の将に井に入らんとするを見れば、皆怵惕惻隠の心有り。
いま人が突然、幼児が今にも井戸に落ちようとするのを見たならば、皆驚き哀れむ心が生じる。
挙足将搏其輪。《蟷螂之斧》
足を挙げて将に其の輪を搏たんとす。
(カマキリは)前足を上げて今にもその車輪を攻撃しようとする。
引酒且飲。《戦国策・蛇足》
酒を引きて且に飲まんとす。
酒を引き寄せて今にも飲もうとする。
趙且伐燕。《戦国策・漁父之利》
趙且に燕を伐たんとす。
趙は今にも燕を攻めようとした。
鄭人有且買履者。《韓非子・買履忘度》
鄭人に且に履を買はんとする者有り。
鄭の国の人で、履物を買おうとする人がいた。
撃沛公於坐殺之。不者、若属皆且為所虜。《史記・鴻門之会》
沛公を坐に撃ちて之を殺せ。不ずんば、若が属皆且に虜とする所と為らんとす。
沛公(劉邦)を宴席で襲って殺せ。そうしなければ、お前たちは皆今にも捕虜にされてしまうだろう。
速斬魏齊頭来。不然、且屠大梁。《十八史略》
速かに魏齊の頭を斬り来たれ。然らずんば、且に大梁を屠らんとす。
早く魏斉の首を切って持って来い。そうしなければ、大梁を皆殺しにするだろう。
〔当・応〕
及時当勉励 歳月不待人。《陶潜・雑詩》
時に及びて当に勉励すべし 歳月は人を待たず
適当な時期になったならば、当然努め励むべきだ。歳月は人を待ってはくれない。
吾当王関中。《史記・法三章耳》
吾当に関中に王たるべし。
(私が最初に秦を破って関中に入ったのだから、)私が当然関中の王となるべきである。
太史占之曰、「当以人祷。」《十八史略》
太史之を占ひて曰はく、「当に人を以て祷るべし。」と。
太史がこの干ばつを占って言うには、「当然人を生けにえにして祈るべきである。」と。
「王当歃血而定従。…《十八史略》
「王当に血を歃りて従を定むべし。…
「王は当然血をすすって同盟を誓うべきである。…
然此当由貧困。《後漢書・梁上君子》
然れども此れ当に貧困に由るべし。
それにしてもこれ(お前が盗みを働こうとしたこと)は、きっと貧困によるのだろう。
不過三十年当王天下。《十八史略》
三十年を過ぎずして当に天下に王たるべし。
(占ってみたところ、その人物は)三十年経たない内にきっと天下の王となるだろう。
度其行、暮当至馬陵。《史記》
其の行を度るに、暮には当に馬陵に至るべし。
孫子(孫臏)がその軍の行程を計算すると、日暮れにはきっと馬陵に到着するだろう。
「当有聖人適周。周因以興。」《十八史略》
「当に聖人有りて周に適くべし。周因以て興らん。」と。
(昔のお告げに言うことには、)「きっと聖人が現れて周に行くだろう。周は、そのおかげで栄えるだろう。」と。
上曰、「数十歳後、当有能禦之者。…《十八史略》
上曰はく、「数十歳の後、当に能く之を禦ぐ者有るべし。…
皇帝が言うには、「数十年後(に異民族が攻めて来ても)、きっとこれを防ぐことができる者がいるだろう。…
寄言全盛紅顔子 応憐半死白頭翁《劉希夷・代悲白頭翁》
言を寄す全盛の紅顔子 応に憐れむべし半死の白頭翁
言っておくことがある、今が人生盛りの若者よ。当然憐れむべきである、半分死にかけたような白髪頭の老人を。
郡遣督郵至県。吏曰、「応束帯見之。」《晋書・陶潜伝》
郡督郵を遣はして県に至らしむ。吏曰はく、「応に束帯して之に見ゆべし。」と。
郡が巡察官を派遣して彭沢県に行かせた。県の役人が(県の長官陶潜に)言うには、「(巡察官に失
礼の無い様、)
当然礼装をしてこの方にお会いになるべきです。」と。
「契丹兵、応有優賜。」《十八史略》
「契丹の兵、応に優賜有るべし。」と。
(契丹の国主が要求して) 「我が契丹の兵は苦労したのだから、当然十分な恩賞があるべきだ。」と。
君自故郷来 応知故郷事《王維・雑詩》
君故郷より来たる 応に故郷の事を知るべし
君は私の故郷からやってきた。きっと故郷の事を知っているだろう。
幽人応未眠《韋応物・秋夜寄丘二十二員外》
幽人応に未だ眠らざるべし
隠者のように暮らす君は、きっとまだ眠っていないだろう。
当時父母念 今日爾応知《白居易・示劉叟》
当時父母の念ひ 今日爾応に知るべし
あの当時の父母の思いを、今日お前はきっと理解しただろう
〔宜〕
皆非統御才。宜授他職。《十八史略》
皆統御才に非ず。宜しく他職を授くべし。
この者たちは皆、部下を統率できる才能ははありません。他の職を与えるのがよい。
周瑜上疏於権曰、「…
宜徙備置呉。」 権不従。《十八史略》
周瑜権に上疏して曰はく、「…宜しく備を徙し呉に置くべし」と。権従はず。
周瑜が孫権に進言して言うには、 「…
劉備を移動させ呉の国に置いておくのがよい。」と。しかし孫権は従わなかった。
事已迫矣。宜早定計。《十八史略》
事已に迫れり。宜しく早く計を定むべし。
事態は差し迫っている。早く計略を決定するのがよい。
曰、「途中宜密観。」《十八史略》
曰はく、「途中にして宜しく密かに観るべし。」と。
皇帝が言うには、「この包みの中身は、お前が帰る途中でこっそり見るのが良い。」と。《十八史略》
惟仁者宜在高位。《孟子》
惟だ仁者のみ宜しく高位に在るべし。
ただ仁を備えた者だけが、高い地位にいるのがよい。
「京兆尹張敞、惲之党友。不宜処位。《十八史略》
「京兆の尹張敞は、惲の党友なり。宜しく位に処るべからず。」と。
京兆(首都地域)の長官張敞 は、(処刑された)惲の仲間です。
高い地位にいるのはよくない。」と。
敵人之相不可測也。不宜近之。《十八史略》
敵人の相測るべからざるなり。宜しく之を近づくべからず。
この敵の人物の人相を見ると、測り知れない大人物である。この者を近づけるのはよくない。
〔須〕
暫伴月将影 行楽須及春《李白・月下独酌》
暫月と影とを伴ひて 行楽須らく春に及ぶべし
しばらくは月と自分の影を友として、楽しいことは是非春に行わなければならない。
上歎曰、「宰相須用読書人。」《十八史略》
上歎じて曰はく、「宰相は須らく読書人を用ゐるべし。」と。
皇帝がため息をついて言うには、「宰相の職には、是非知識人を登用しなければならない。」と。
天下須用長槍大剣。《十八史略》
天下は須らく長槍大剣を用ゐるべし。
天下を統治するには、是非長いやりと大きな剣を用いなければならない。
〔猶・由〕
子曰、「過猶不及。」《論語・先進》
子曰はく、「過ぎたるは猶ほ及ばざるがごとし。」と。
孔子先生が言うには、「適当な程度を超えてしまうのは、ちょうど足りないのと同じである。」と。
人之有是四端也、猶其有四体也。《孟子・四端》
人の是の四端有るや、猶ほ其の四体有るがごときなり。
人間がこの四つのきざしを有するのは、ちょうど人に手足があるのと同じである。
曰、「孤之有孔明、猶魚之有水也。」《十八史略》
曰はく、「孤の孔明有るは、猶ほ魚の水有るがごときなり。」と。
(劉備が)言うには、「私に孔明がいてくれるのは、ちょうど魚に水があるのと同じである。」と。
告子曰、「性猶湍水也。《孟子》
告子曰はく、「性は猶ほ湍水のごときなり。
告子が言うには、「(人間の)本性とは、ちょうど流れの急な川と同じである。
今見老子、其猶龍乎。《孟子》
吾今日老子を見るに、其れ猶ほ龍のごときか。
私は今日老子に会ったが、その様子はちょうど龍と同じであるなあ。
今之楽、由古之楽也。《孟子》
今の楽、由ほ古の楽のごときなり。
今の音楽は、ちょうど昔の音楽と同じである。
後之視今、亦由今之視昔。《蘭亭序》
後の今を視ること、亦た由ほ今の昔を視るがごとし。
後世の人が今を振り返るのは、やはりちょうど今の人が昔を振り返るのと同じである。
民帰之、由水之就下沛然。《孟子》
民の之に帰すること、由ほ水の下きに就きて沛然たるがごとし。
民衆がそういう君主になびき従うのは、ちょうど水が低い所に向って勢いよく流れるのと同じである。
由射於百歩之外也。《孟子》
由ほ百歩の外に射るがごときなり。
(智と聖の力とは)
ちょうど百歩離れた遠くを弓矢で射当てるのと同じである。
以斉王、由反手也。《孟子》
斉を以て王たるは、由ほ手を反すがごときなり。
斉のような大国が諸国の王者となるのは、ちょうど手を裏返すのと同じ(くらい簡単)である。
〔盍〕
子曰、「盍各言爾志。」《論語》
子曰はく、「盍ぞ各爾の志を言はざる。」と。
孔子先生が言うには、「どうして各自があなた達の抱負を言わないのか。」と。
或謂経曰、「盍以疾辞。」《十八史略》
或ひと経に謂ひて曰はく、「盍ぞ疾を以て辞せざる。」と。
ある人が郝経に話しかけて言うには、「どうして病気という理由で辞退しないのか。」と。
或曰、「寇至。盍去諸。」《孟子》
或ひと曰はく、「寇至る。盍ぞ諸を去らざる。」と。
ある人が言うには、「敵が攻めてきた。どうしてここを去らないのか。」と。
盍亦反其本矣。《孟子》
盍ぞ亦其本に反らざる。
(孟子が王に勧めて言うには、)「どうして(古代の聖王と)同様に、根本に立ち戻らないのか。
子盍為我言之。《孟子》
子盍ぞ我が為に之を言はざる。
あなたはどうして私のためにこれを言わないのか。