古典文法・助動詞②
つ、ぬ
文法的意味
「つ・ぬ」の違い
【例】秋田、なよ竹のかぐや姫とつけつ。〈竹取〉
(秋田は、なよ竹のかぐや姫と名付けた)
【例】雨いささかに降りて止みぬ。〈土佐〉
(雨が少し降って止んだ)
強意の「つ・ぬ」
◎「完了」の用例
天気の事、楫取りの心に任せつ。《土佐》
天気のことは、船頭の考えに任せた。
雀の子を犬君が逃がしつる。
雀の子を犬君が逃がしてしまった。《源氏》
「我 物 握りたり。今下ろしてよ。
(カゴに乗った中納言が)「私は目当ての物を取ったぞ。ではもうカゴを下ろしてしまえ。《竹取》
格子どもも人は無くして開きぬ。《竹取》
格子戸も人はいないままで開いた。
「潮満ちぬ。風も吹きぬべし。」と騒げば、《土佐》
「潮が満ちた。風もきっと吹くだろう。」と騒ぐので
用有りて行きたりとも、其の事果てなば疾く帰るべし。《徒然》
たとえ用事があって訪ねたとしても、その用事が済んだならば、早く帰るのがよい。
日の暮れぬれば、滑り出で給ひぬ。《竹取》
日が暮れたので、皇子はこっそり退出なさった。
元の御かたちと成り給ひね。其れを見てだに帰りなむ。」と仰せらるれば、かぐや姫 元のかたちに成りぬ。《竹取》
どうか元の姿になってしまって下さい。それを見て私は帰ることにしよう。」と帝がおっしゃられたので、かぐや姫は元の姿になった。
世の中に見えぬ皮衣の様なれば、此れをと思ひ給ひね。《竹取》
世の中で見たことの無い皮衣の様子であるので、これが本物だとお思いになって下さい
「強意」の用例
「我は此の頃わろきぞかし、盛りに成らば、容貌り無く良く、髪もいみじく長くなりなむ。《更級》
私は今は器量が良くないよ。でも年ごろになったら、顔立ちもこの上なく美しく、髪もきっととても長くなるだろう。
「何をか奉らむ。まめまめしき物は、正無かりなむ。《更級》
「あなたに何を差し上げようか。実用性だけの物では、きっと良くないだろう。
推量の助動詞「む」が下について、「ぬ」が強意になる例
「何にても読み候ひなん。」《宇治拾遺》
(書いてあるものは何でも読めるのかと問われて)「何であってもきっと読みましょう。」
これも「ん(む)」が下について、「ぬ」が強意になる例
し出ださむを待ちて寝ざらむも悪かりなむ、と思ひて《宇治拾遺》
僧たちがぼたもちを作り上げるのを待っていて寝ないような場合も(もし寝ないとしたら、その場合も)きっと具合が悪いだろう、と少年は思って(寝たふりをすることにした)。
これも「む」が下について、「ぬ」が強意になる例
此の事洩れぬる物ならば、我疑はれなんず。《平家》
この計画がもし洩れたとしたら、私はきっと疑われるだろう。
推量の「んず(むず)」が下について、「ぬ」が強意になる例
この事かの事 怠らず成じてむと、《徒然》
このことやあのことを怠けずにきっと成し遂げようと、
「む」が下について、「つ」が強意になる例
「気疎くも成りにける所かな。然りとも、鬼なども、我をば見許してむ。」と宣ふ。《源氏・夕顔》
「気味悪く成り果てた屋敷だなあ。とはいえ、鬼なども、私をきっと見逃してくれるだろう。」とおっしゃる。
「む」が下について、「つ」が強意になる例
羽をふためかして惑ふ程に、烏の翔りありきければ、「あな心憂。烏取りてん。」とて、此の女急ぎ取りて、《宇治拾遺》
腰骨を折られた雀が羽をばたつかせて慌てていると、カラスがその上を飛び回ったので、「ああ心配だ。カラスが雀をきっと捕まえるだろう。」と思って、この女が急いで雀を捕まえて
「む」が下について、「つ」が強意になる例
「黒き雲にはかに出で来ぬ。風吹きぬべし。《土佐》
黒い雲が急に出てきた。風がきっと吹くだろう。
推量の「べし」が下について、「ぬ」が強意になる例
我は皇子に負けぬべしと胸うちつぶれて思ひけり。《竹取》
私は皇子にきっと負けるだろうと、胸もつぶれる思いでいた。
「べし」が下について、「ぬ」が強意になる例
女児の為には、親幼く成りぬべし。《土佐》
娘のためであれば、親もきっと幼稚になるのだろう。
「べし」が下について、「ぬ」が強意になる例
舟子どもは腹鼓を打ちて、海をさへ驚かして、波立てつべし。《土佐》
船員たちは満腹で腹鼓を打ち、海までもびっくりさせて、きっと波を立ててしまうだろう。
「べし」が下について、「つ」が強意になる例
冬は、雪をあはれぶ。積もり消ゆる様、罪障に譬へつべし。《方丈》
冬は、雪をしみじみと鑑賞する。雪が積もって消える様子は、きっと罪障に例えることができるだろう。
「べし」が下について、「つ」が強意になる例
冬は、雪をあはれぶ。積もり消ゆる様、罪障に譬へつべし。《方丈》
冬は、雪をしみじみと鑑賞する。雪が積もって消える様子は、きっと罪障に例えることができるだろう。
「べし」が下について、「つ」が強意になる例
六塵の楽欲 多しといへども、皆 厭離しつべし。《徒然》
人間はこの世のあらゆる物への欲望が多いとはいっても、それら欲望はすべて、努力すればきっと捨て去ることができるだろう。
「べし」が下について、「つ」が強意になる例
人は静まりぬらん。《徒然》
家の中の者は、もうきっと寝静まっているだろう。
現在推量の「らむ(らん)」が下について、「ぬ」が強意になる例
さて月頃経て、今は良く成りぬらんとて見れば、良く成りにけり。《宇治拾遺》
そうして数ヶ月たって、今ならきっと良くなっているだろうと思ってひょうたんをみると、適度によく乾燥していた。
現在推量の「らむ(らん)」が下について、「ぬ」が強意になる例
内裏を思し遣りて、「名対面は過ぎぬらむ。 滝口の宿直奏し、今こそ。」と、推し量り給ふは、《源氏・夕顔》
(外泊中の光源氏が)宮中に思いを馳せて、「名対面(夜の点呼)の時間はきっと過ぎているだろう。警備の滝口の武士たちの点呼がちょうど今ごろだろう。」と推測なさるのは、
「らむ」が下について、「ぬ」が強意になる例
子は、我が親は必ず追ひて先におはしぬらむと思ひて、其れに後れじと走らせつつ行きける程に《徒然》
子は、自分の親はきっと必ず馬泥棒を追って先に行きなさっているだろうと思って、それに遅れまいと馬を走らせて行くうちに
「らむ」が下について、「ぬ」が強意になる例
「其れを取りて後は、我が物とこそ思ひつらめ。《十訓抄》
それを奪った後では、もう自分の物だときっと思っているだろう。
「らむ」が下について、「つ」が強意になる例
大音声上げて名乗りけるは、「日頃は音にも聞きつらん、今は目にも見給へ。木曾殿の御乳母子今井四郎兼平、生年三十三に罷り成る。《平家》
大声を上げて名乗ったことには、「常日頃から、私のことをきっと噂に聞いているだろう、さあ今はその目で見たまえ。私は木曽殿の乳母子である今井四郎兼平、当年三三歳に成り申した。
「らむ(らん)」が下について、「つ」が強意になる例
思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを《古今・恋》
恋しい男性を思いながら寝たので、夢の中でその人がきっと見えたのだろう。夢だと分かっていたら覚めずにいたのになあ。
「らむ」が下について、「つ」が強意になる例
さて、斯許りの詩を作りたらましかば、名の上がらむ事も勝りなまし。口惜しかりける業かな。《大鏡》
そうして(漢詩の舟に乗って)、それ程の詩をもし作っていたならば、私の評判が上がる事もきっと甚だしかっただろうに。残念なことだなあ。
反実仮想の助動詞「まし」が下について、「ぬ」が強意になる例
今日来ずは明日は雪とぞ降りなまし消えずはありとも花と見ましや《古今・春》
今日花見に来なかったならば、明日にはこの桜もきっと雪のように降ってしまっただろうに。たとえ消えずに残っていたとしても、花だと見ることができるだろうか、いやできないだろうよ。
反実仮想の助動詞「まし」が下について、「ぬ」が強意になる例
花の如世の常ならば過ぐしてし昔は又も帰り来なまし《古今・春》
毎年咲く花の様に、この世が永遠不変であるならば、過ぎ去った昔の日々がきっと再び帰って来るだろうに。
「まし」が下について、「ぬ」が強意になる例
盗人の奴の障子を踏みかけて往にけり。今暫し在らましかば必ず搦めてまし。《今昔》
泥棒の奴がふすまを踏み倒して逃げていった。やつがもうしばらくここにいたならば、きっと必ず捕まえただろうに。
「まし」が下について、「つ」が強意になる例
玉の台と求め給はましかば、答へてまし。」と言ふ。《枕》
もし、玉の台と言って人をお探しになるならば、きっと返事をしただろうに。」と言う。
「まし」が下について、「つ」が強意になる例
汝 彼処にて云ましかば、我が肝も亦 他の猿の肝も取りて進りてまし。《今昔》
あなたがもし向こうでそう言ってくれれば、私の肝も、さらに他の猿の肝もきっと取って差し上げただろうに。
「まし」が下について、「つ」が強意になる例
◎「並列」の用例
組んづ組まれつ、討ちつ討たれつ、敵も御方も隙の無きこそおもしろけれ。 《源平盛衰記》
組んだり組まれたり、討ったり討たれたり、敵も味方も油断が無いのが、感動的であった。
僧都乗つては降りつ、降りては乗つつ、あらまし事をぞし給ひける。《平家》
俊寛僧都は、船に乗っては降りたり、降りては乗ったり、船に乗りたいというそぶりをなさった。
楠が勢 之を追い散らさんとする真似をして、追つつ返しつ同士軍をぞしたりける。《太平記》
楠木正成の軍勢は、これを追い散らそうとする真似をして、追いかけたり引き返したり、味方同士で戦う振りをした。
(射落とした扇が)白波の上に漂ひ、浮きぬ沈みぬ揺られければ、《平家》
(射落とした扇が)波の上を漂い、浮いたり沈んだり揺られていたので
あさましう慌たたしかりし事ども宣ひ出だして、泣きぬ笑ひぬぞし給ひける。《平家》
都を出て以来ひどく慌しかった事などを話し出しなさっ て、泣いたり笑ったりなさった。
推量の助動詞「む」が下について、「ぬ」が強意になる例